27102-74
(所在地)東野田町5-7
(撮影日)2011.12.7
大阪城を築城した秀吉は、城のすぐ横を流れ氾濫を繰り返す淀川の堤防工事を毛利一族に命じ、文禄5年(1596年)に淀川左岸堤防が完成した。この堤防は文禄提といわれ、京街道の始まりとなった。
27102-73
(所在地)東野田町2-9(歩道植え込みの中)
京橋を起点として、淀川左岸沿いに淀を経由し、京に向かう街道で、豊臣秀吉の時代にできた街道。後に、高麗橋を起点として、大坂街道(京都での呼び名)とも呼ばれるようになった。
27102-64
(所在地)中野町2-16-20(都島区役所)
都島区の毛馬で生まれた蕪村の顕彰するために建てられた。碑には「春風馬提曲」の一文で、故郷である毛馬での思い出を記している。
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昭和28年に地元の有志によって建てられた碑で、元は淀川工事事務所の敷地内にあったが、その前は毛馬洗堰の堤防にあった。表面には「春風や堤長ふ(う)して家と遠し」の句裏面には、蕪村の生家の場所が示してあるが今は淀川の川低になっている。
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春の海終日のたりのたりかな
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なの花や月は東に日は西に
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遅き日んつもりで遠きむかし哉
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夏河を越すうれしさよ手に草履
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閻王の口や牡丹を吐んとす
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夕風や水青鷲の脛をうつ