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<所在地>新町1-1-17
<撮影日>2011.5.11
初代通天閣を設計した設楽貞夫氏の設計による建物で、昭和3年(1928年)に竣工sた。当初は地上3階、地下1階の建物であったが、後に、4階部が増築された。昭和57年(1982年)南側に新館が建ったが、本館ビルは残され、現在に至っている。
<所在地>立売堀6-8(木津川大橋南東側)
<撮影日>2013.3.15
昭和44年(1969年)に現在の橋が完成したが、この橋柱はそれ以前に架かっていた橋のもので、他に橋名板も残っている。
<所在地>川口1-5-19(本田小学校北東角)
<撮影日>2012.12.4
明治末に大阪で最初に開業したカフェで、川口教会の南東側にあり、木津川に面した洋風2階建ての建物であった。カフェには画家・詩人・演劇人などの芸術家が集まるサロンとして賑わった。
<所在地>江戸堀1-18-?
<所在地>江戸堀川1-23-31
江戸堀の路地にある地蔵尊で、イチョウの木の根元にお堂があるが、詳しい由来などは不明である。他のところでは、大木を御神木として祠を建てお祀りしていることが多いが、この地のは違うようである。
<所在地>江戸堀1-4(阪神高速高架下)
<撮影日>2012.5.5
西横堀川に架かっていた橋で、東の高麗橋筋につなげる橋であったが、橋の対岸(西側)は江戸堀川になったいたため、斜め(南向き)に架けられた。橋は昭和39年に阪神高速道路の工事のため廃橋となった。親柱は昭和3年(1928年)に橋を架け替えた時のものである。
<所在地>江戸堀1-16-9(玉水教会北西側)
<撮影日>2011.12.4
明治5年(1872年)、前身となる西大組第一小学校として玉水小学校がこの地で創立した。明治20年(1887年)東江尋常小学校と改称し、明治29年(1896年)現在地に移転した。昭和18年(1973年)、西船場国民学校に改称、昭和21年(1946年)に4校を統合し、翌年に西船場小学校と改称して、今に至る。
<所在地>江戸堀3-6-49(江戸堀やまぐち北東)
<撮影日>2012.9.5
幕末の頃、大阪には薩摩藩が4ヶ所あったが、土佐堀川と江戸堀川に挟まれたこの地には、上屋敷と中屋敷があった。慶応4年(1868年)、幕府軍の攻撃を受ける可能性が生じたため自焼し、屋敷は消滅した。