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*金漢重(キムハンジュン)の墓
明治元年(1764年)に11回目の通信使として来日したが、病気になり22歳で当寺で亡くなった。
*竹本磯太夫の墓
明治維新後、松島には人形浄瑠璃や芝居小屋ができ、竹本磯太夫は松島文楽座で活躍した。
*焼け地蔵
大阪大空襲で地蔵堂が焼け、中の地蔵も黒焦げになり、右手首もとれてしまった。
<所在地>九条1-1-17
<撮影日>2012.6.18
寛永元年(1624年)頃から九条島の新田開発が始まり、池山新兵衛が九条新田の守護神として、住吉大神を勧請してお祀りしたのが始まりとされる。「茨」の名は、この地に茨が群生していたという説などがあり、詳しい事は不明である。
*樟木(くすのき)の御霊
九条島が新田開発される前からこの地にあった樟で、樹齢約700年もあったが、戦災で焼失した。この樟は今でも御神木といて保存され、「焼け樟」と呼ばれている。
*市杵島姫神社(弁天社)
当神社の「かきつばたの池」にあった社で、摂津名所図会にも描かれている。昭和53年に御神木の傍らにお祀りするようになった。
<所在地>千代崎3(大阪ドーム正面道路入口南側)
<撮影日>2012.4.23
明治30年(1897年)に設立された大阪ガスは、事業資金の調達のため外資を導入して、明治38年(1905年)岩崎町工場で製造したガスを市内3200戸余に供給開始した。当時のガスの用途はガス灯での使用が主で、市内各所にガス灯が設置されていた。