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南洲近藤の本名は近藤元粋(もときよ)で、号を南洲と名乗っていた。嘉永3年(1850年)に伊予松山で近藤名州の三男として生まれ、明治10年(1877年)、大阪で漢学者として私塾を開き、子弟を教育した。漢詩人としても活躍し「風騒吟社」などを主宰し、学者としても多数の著書を書いた。大正11年(1922年)、南州の没後、所蔵していた膨大な蔵書(約2万冊)は天満宮文庫に寄進された。この碑は大正12年に建てられた。
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