27121-28
27121-26
(所在地)山坂1-18
(撮影日)2011.10.18
大化元年(645年)孝徳天皇は都を難波長柄豊崎宮に遷した。その宮の朱雀門から真直ぐ伸びる道を朱雀大路と称したが、京城を越えると「難波大道」と呼び名が変わり、飛鳥まで通じる道であった。
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(所在地)山坂1-11
(撮影日)2009.4.17
住吉大社の神事を行う神馬の飼育は、古くは、田辺氏が行ってきたが、江戸時代になると住吉信仰が民衆に広がり、神馬の寄進も権力者から商人になり、神馬の飼育も田辺郷の住人が行うようになった。この塚は亡くなった神馬のたてがみを埋め、供養したものである。
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鳥居
(所在地)山坂2-19-23
創建は不明であるが、渡来系の氏族である田辺氏の分家が、この地に移り住み、祖先神を祀ったのが始まりとされる。歴史は古く、三代実録に貞観4年(862年)清和天皇が田辺西神(当社)田辺東神(中井神社)に従五位の神階を授けたと記されている。明治5年(1872年)に村社となり、山阪神社と改称した。改称前は山阪明神又は田辺神社と称されていた。
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拝殿
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八日戒社
十日ではなく八日が本戎となる戒社
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力石
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田邉町之碑
大正14年(1925)に東成都田邉町は大阪市に編入されたのを記念して建てられた碑
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大正天皇駐驔之碑
大正3年(1914年)に大阪で行われた陸軍特別大演習の時に来られたのを記念して建立された。