<所在地>新町2-5-5
<撮影日>2012.5.5
旧新町演舞場であったこの建物は大正11年(1922年)、旧大阪市庁舎などを設計した片岡安氏の設計事務所の設計で建てられた。昭和24年には大阪屋本社となり、昭和46年に西側の演芸場を撤去して、6階建ての社屋が建てられた。現在の赤レンガの外壁は後年の改装によるもので、竣工当時は白壁であった。
<所在地>新町1-1-17
<撮影日>2011.5.11
初代通天閣を設計した設楽貞夫氏の設計による建物で、昭和3年(1928年)に竣工sた。当初は地上3階、地下1階の建物であったが、後に、4階部が増築された。昭和57年(1982年)南側に新館が建ったが、本館ビルは残され、現在に至っている。
<所在地>安治川2-1・此花区西九条2-1
<撮影日>2009.10.10
明治18年(1885年)の淀川大洪水で爆破された安治川橋は大型船の船行に支障をきたすため架橋されず、源兵衛渡船が川の両岸を結んでいたが、河底隧道が計画され、昭和10年に着工し、昭和19年に完成した。日本最古の沈埋式トンネルで、車両用・歩行者用各2基のエレベータ、歩行者用階段を備えていたが、昭和52年車両通行は中止となり、現在は歩行者・自転車用となっている。
<所在地>江之子島2-1-64
<撮影日>2011.11.14
大阪府西大阪治水事務所の施設で、津波・高潮が地震や台風で発生した場合に防波堤や水門の管理などの制御を行なう部門と、津波・高潮に対す府民の意識向上んための展示をしている部門がある。この施設は平成21年(2009年)に開業した。
*江之子島橋橋柱
大正2年(1913年)に市電敷設のために百聞堀川に架けられた鉄製の橋で、雑喉場橋と子島橋の間にあった。江戸時代にあった江之子島橋とは位置は違うが、橋名を同じにした。
*六軒屋閘門碑
明治18年(1885年)淀川大洪水により、淀川改修の要望が起こり、明治30年から淀川改修工事が始まった。明治43年に旧中津川を分析していた鼠島に六軒屋第一開門が完成した。この碑はその時に建てられた。
*係船環