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(所在地)西天満2-1-10(裁判所合同庁舎南側)
(撮影日)2009.9.8
江戸時代、諸藩は「天下の台所」といわれた大阪で、年貢米や産物を売るために大阪に保管用の蔵が必要となり、多くの藩が運搬に便利な中之島に蔵屋敷を建てた。佐賀藩は約36万石の大名で、蔵屋敷は約5300坪の広さがあった。享保9年(1724年)「妙知焼け」という大火で全焼したが、再建された。明治4年(1871年)廃藩置県となり、政府により135あった蔵屋敷は売却された。
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