(所在地)扇町1-1(扇町公園南東側スロープの途中)
(撮影日)2017.8.1
慶長3年(1598年)、大川から天満地蔵への物資搬入のため、南側の菅原町付近から扇町まで堀川が開削されたが、この地が掘溜まりとなり濁水が留まるようになった。天保9年(1838年)、大塩の乱後の救済事業として樋之口町で大川と接続させる工事が行われ、堀川の水質改善された。その頃、堀川の堤に桜が植えられ、大阪の桜の名所となり、近くに妙見宮があったところから妙見場と呼ばれた。昭和47年、天満堀川は阪神高速工事のため埋め立てられた。
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