(所在地)長柄東1-3-12
(撮影日)2009.10.28
奈良時代に大和で創建されたと伝わる寺で、各地を移転した後、宝暦3年(1753年)、豪商上田宗右衛門の発願により、この地に伽藍が建てられ、忍鎧上人を中興の祖として寺を復興した。桜の名所であった寺も、明治18年(1885年)の大洪水で多大な被害を受け、衰退したが、昭和になり再建された。
※観音堂
昭和7年(1932年)に再建された建物で、観音堂には零元天皇の皇子勝宮の安産祈願のために奉納された子安観世音菩薩がお祀りされている。
※銅鐘 ※国重要文化財
銅鐘は山口県(長州)の普済禅寺の鐘といわれ、堤防工事の時に見つかり、当寺に毛利家より寄進された。鐘は高麗時代初期に朝鮮で鋳造されたもので、中国年号で太平10年(1030年)の銘がある。
※鬼貫(右側)・菊翁(左側)の墓
上島鬼貴(おにつら)は江戸時代に大阪で活躍していた俳諧師で、西山宗因や松尾芭蕉などの影響を受け、「東の芭蕉・西の鬼貴」と称され、元文3年(1738年)、大阪鰻谷で78歳にて亡くなった。 田原菊翁は大阪在住の俳人で、鬼貴と関係があり、文政10年(1827年)に鬼貴100回忌の法要を行っている。
※本堂 ※大阪市指定有形文化財
宝暦3年(1753年)、豪商上田宗右衛門の発願によって建てられた複合本堂の形式の建物である。元は南向きの建物であったが、昭和60年に道路拡張工事のため西向きの建物になった。本尊の阿弥陀如来は大阪府指定有形文化財である。